2011-03-31

春休みで賑わう秋葉原

March 31st , 2011


日中外出で宿場から最寄り駅の一つ「秋葉原駅」に向かった。
電気街口へ向かうので電気街を通る。


とてもひ人が多くてびっくり。
そうか、春休みなんだな。
やはり秋葉原を歩く人はちょっと他と違う感じ。
いわゆる「おたく」っぽい人、コスプレしてる人・・・
興味は無いけど、いいと思う。
個性的。




閑散としていた2週間前と比べると、血流がじゅじゅーっと増えたみたい。
やはり人や物が移動するのは血流のようなもの。
じゅじゅーっと流れていないと日本が生きているという感じがしない。


大震災で負った大怪我は、体に良いものをたくさん食べて、自然治癒力を
高めて健全な肉体に戻さなければならない。


動脈を修復して血液を送る。
栄養を乗せて・・・


早く治れ~  ニッポン。

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2011-03-30

不安な日々と志

驚くべき事は日本にいるみんなが同じようなことを思っているということ。 
仕事では 「意思統一に勝る物なし」 なんて言ったりしていたが、
日本中がこんなことになるなんて初めての体験。


自分の周囲では皆、口をそろえて言う。


「今まで通りの生活をしよう」
「外食をしよう」
「仕事に打ち込もう」


僕らが沈んでいては日本の様々な産業に悪影響を及ぼす。
少なくとも階段を上り始めるまでは、踏ん張って歯を食いしばって涙をこらえて
日常を取り戻さねばならない。 みんなが同じ事を考えている。


自分というたったひとりのちっぽけな人間が、日本の経済の貴重な役割を
担っていると、ここまで明確に認識したことは今まで無かった。




節電に関してもほとんどの人が高い意識で本気で取り組んでいる。
家庭の電力なんて自分一人ちょっと使ったってもなんてことないってみんな
わかってるけど、被災者やみんなのために少しでも何かしようという気持ちでいる。


こういうことを継続して、新しい日本を作る志を持ち生き続けていくことが、
犠牲になった人への供養になると信じたい。




それにしても原発の状況は重たい。
世界中の人の心に重たくのしかかっている。
これだけは、神様仏様。
お願いだから最悪の事態にだけはしないでと、祈らずにはいられない。




2011/3/29 

2011-03-23

脳の奇形?そして夏の不安

March 23rd, 2011


半年くらい前からだったか、妻が手が痛いといって通院していた。
なかなか治らないので、先月MRIで検査。


すると脊髄に水(髄液)がたまっているらしいとのこと。
それが神経を圧迫して手が痛いようである。そこで、
この件では東京・神奈川で一番だという医師を紹介していただいた。


今日はそのお医者様のいる病院に妻と行ってきた。
大田区の洗足池から歩いて10分くらいのところにある荏原病院というところ。
京浜東北線で蒲田まで行って、池上線に乗るのだが、間違って
多摩川線に乗ってしまい、また蒲田に戻って行った。 あ~<(_ _)>
妻に「一人で来れば良かった(笑)」 と言われつつ病院までがんばった。
今日は寒いうえに花粉が多くて大変。 でもがんばった。


思ったよりも新しくて立派な病院だった。設備も整っている。
受付をすませ、脳神経外科に行きさほど待たずして診察。


入院とか手術になるのだろうか・・・
心配しながら待った。
iPhoneは電源OFFなのでやることが無い。
ただ心配するだけ。気が紛れない。


診察の結果は、
「小脳が奇形だって。べろ~んって下にでてる・・・」
・・・初めて聞いた


脳の奇形


私「結婚して17年気づかなかったよ。」笑
妻「私だって生まれて4*年 知らなかった」 笑


妻「脳自体は大丈夫だってさ」
私「なんだ、悪い性格も治してもらえるのかと思ったのに」


冗談はさておき、脳にもいろいろ形があるらしい。


で?


とりあえず、悪化しなければ大丈夫みたいなので、
5月末にまた再検査とのこと。
そのころはもう暖かくなっている時期。
そして、問題はその後やってくる電力不足の夏。


夏は冬よりも使用電力量が多いのだ。
言われりゃそうかだけど、昔は冷房なんてそんなに無かった。
それでも普通に暮らしていたんだよな~
電車だって窓開けて扇風機まわして走っていた。


でも今の時代は冷房があることを前提に作られている。
窓も開けないことが普通。


職場も節電でエアコンはほとんど付けないのかもしれない。
そこで職場の話題はどうやって夏の仕事を乗り切るか・・・
ちょっと早いけど、今があまりに職場が寒くて辛いので、
夏の心配をした一日だった。


脳の奇形はたまたまわかったけどわからないで奇形の場合も
たくさんあるのだろう。自分の脳は普通なのだろうか?
MRIってすごい。

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2011-03-21

秋葉原駅発車メロディー

3月から通う職場の最寄り駅。
何気なく聞いている電車の発車メロディーもホームによって違うし、
駅によっても違うんですね。


マニアにはたまらないんだな。きっと。
駅以外で聞くと不思議な感覚です。



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横浜駅発車メロディー Yokohama Station

横浜駅の発車メロディーです。
横浜駅にはJRが、


・東海道線
・横須賀線
・京浜東北線・横浜線


これらの発車メロディーの画像を見つけちゃいました。








ちなみにJR以外では、
・東横線・みなとみらい線
・京浜急行
・相鉄
・横浜市営地下鉄ブルーライン



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新橋駅 発車メロディー(地上ホーム)

Youtube で 懐かしい80’sの邦楽を楽しんでいたら
こんなのを見つけました。

「ウィスキーがおすきでしょ」は期間限定で今はもう聞けないと思いますが、
こうやって聞くと、発車メロディーっていいですね。

いろいろな駅のメロディーを探したくなりました。
以前会社があった恵比寿は、恵比寿ビールだったし、蒲田は蒲田行進曲だったり・・・

まずは、サラリーマンの聖地「新橋」のメロディーをUPします。



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Walter Hawkins "Marvelous" Live

<山下達郎 3月20日サンデーソングブック 震災特別プログラムより>

そして、こういう時にはゴスペルというものの音楽の力が、凄く強いので
ゴスペルを一曲引っ張ってきました。

Walter Hawkins

最近亡くなってしまいましたが、Walter Hawkinsの1998年のライブアルバム
「Love Alive 5」から”Marvelous”。

彼の代表作の一作でございます。  



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2011-03-20

3/17 福島原発の現状と、今後予想される危険~後藤政志さん

元東芝の原子力技術者の方の解説動画です。
原子炉の仕組み、設計思想がわかります。

原子力発電の危険性を正しく理解し、そのれを踏まえた上で正しい対処をして欲しいとのこと。
これから何年も福島原発の冷却を続けないといけないんですね。

2011-03-19

13歳の誕生日

March 19th , 2011

長女の13歳の誕生日です。
おめでとう!!


甘い物が好きじゃないんだよね。
だからいかにもバースデーケーキ!なんてのは嬉しくない。
地味な感じのチーズケーキでHappy Birthday to you♪
ちっちゃな頃から、ろうそくを消すのが楽しくて
今日も嬉しそうに ふ~!!

2011-03-17

3.17 暗雲

March 17th, 2011

この日の前日くらいが横浜で一番放射線の値が
高かった日と記憶しています。

この日は余震が続く中、上空に突如暗雲が
現れました。こういうときはとっても怖いです

不安で不安で仕方ないときにそれに追い討ちを
かけるかのような不気味さです。

2011-03-12

PRAY FOR JAPAN


3.11 7時間歩いた地震の夜



地震が起こった日の夜、首都圏の電車はほとんどが止まった。

会社では、朝まで会社に残る人と歩いて自宅に帰る人に別れた。
私も家族と会社の関係者の安否確認をしながら悩んだ。

iPhoneに入っているナビ機能で今自分がいるお茶の水のオフィス
から横浜の自宅までの経路を検索したら、
33km6時間半・・・
そんなに歩けるのだろうか?  さらに迷った。

仕事仲間のおじさんが、鶴見まで歩いて帰ると決断。
もうお定年まで数ヶ月。東京近郊の地理に明るくないのにすごい。


家族に歩いて帰ろうと思っているとメールをしたら、
娘からメール
TVで動くなって言ってるよ。トイレや水がないんだよ。会社にいなよ」
Webでも調べたら
「一般的に10kmまでは徒歩で帰宅可能、20km以上は控える」とある。
スーツにネクタイ、ビジネスシューズで30km以上歩けるのだろうか・・・

2月までいた職場が途中の川崎にあるから、もしそこあたりで限界が
きたら、そこに逃げ込めばいいと思い、意を決して私も歩いて帰ること
にした。自分の組織のメンバーが今晩どうするのか見届けてから総務
に報告し会社を後にした。



FacebookのGPSの位置情報を使ったチェックイン機能で時間と場所を
記録しながら歩いたので、それを見直しながら思い出して書いてみた。


※Facebookには、海外にいるの友人からもメッセージが来てとても励み
 になりました。 メッセージをくれたみんな、心配してくれてありがとう。 
 この場を借りてお礼。タイムリーに返事できなくてすみませんでした。




<午後6時 お茶の水出発>
 すでに徒歩で帰宅する人たちであふれかえっている。
 車も渋滞で動いていない。
 神田、東京駅を数百メートル左に見ながら西に向かう。
 しばらくは千葉方面に歩く人たちが多く、逆流の中思うように進まず。



<午後7時> 日比谷
 皇居のそばを歩く。また地震が来てここに津波がきたらどうしよう・・・
 ビルが崩れてきたら・・・ なんて考えながら歩いていた。
 本当は大きな地震の後、市街地を歩くのは良くないことなのだ。
 すでに、足の一部に違和感があり、最後まで歩けるか不安になる。
 所々にパトカー、警官が交通整理。
 歩いても歩いても寒くて手がかじかんでiPhoneの操作もままならない。



<午後8時> 高輪台
 少し静かな住宅街を歩く。
 相変わらず車はすごい渋滞。このあたりはほとんど横浜方面へ向か
 っている、ものすごい人の数。
 こんな住宅街でも車は全然動いていなかった。歩きの方が早い状態。
 2時間でここまでしか進んでいないことに不安を抱く。どこまで歩ける
 だろうか。



<午後8時45分> 戸越
 品川から京急沿いのイメージで歩いたが、いつの間にか五反田に出て
 しまった。五反田手前で「幸福の科学」が飲み物とトイレの提供。
 ありがたいがまだ大丈夫。ほとんど皆無視して歩いていた。
 たくさん歩いている人たちはどこか楽しそうでもあった。おそらく同じ
 ような仲間がたくさんいるからであろう。
 ここまで歩いてやっと山手線の外に出た。 東京は広い。
 そういえば、大学の時に山手線を歩いて一週したことがある(行事で)。
 なんとかなりそうな気持ちと不安が50対50
 川崎まで11km、馬込まで2km このあたりの1km、2kmはとても遠く
 はてしなく感じた。
 東横線が動き出したという声も聞いたが、渋谷方面に方向転換しても
 混んでて乗れなかったりしたら嫌なので覚悟して歩き続ける。



<午後9時45分> 池上
 歩いている間にどうやら動き出した都営浅草線。
 それに乗ってきた相当な人数に西馬込で抜かれる。
 馬込あたりで人が減ってきて歩きやすくなって来たと思ったら、西馬込
 で地下鉄から降りてきた人たちで道はごった返していた。
 足に痛みが出始める。下手にストレッチしたらつりそうになったので
 やめた。足の付け根が痛くて足を上げることが辛い。

 日産プリンス池上店 ここは店舗を開放して、飲み物のサービス、
 トイレ、TVを見させてくれた。 スタッフがみな手分けして人を誘導。
 ちょうどトイレが限界に近くて助かった。本当に感謝。優しさに感動。



<午後10時半> 東芝科学館
 多摩川を渡り、神奈川に入った。
 多摩川にかかる橋を渡りながら、地震が来て橋がおちたらどうしよう、
 海から津波が来たらどうしようなどと不安になり、急ぐ。

 東京を出るのに4時間半もかかるのか。やはり東京は広い。
 川崎駅近くの前いた職場に寄ろうかとも考えたが、海側に相当進路変更
 しなければならないので、一気に横浜まで行こうと決意。
 あと約10km 途方もない距離にも思えた。



<午後11時半> 鶴見
 このあたりでも、見知らぬ老夫婦が紙コップで水を配っていた。
 またしても優しさに感動。深々お礼をしてお水をいただいた。


 妻からメール。
 「お風呂わかしておくからね」その他諸々・・・
 心配しているコメントは一切なかったが、一番自分を理解してくれて
 いるなと感じて元気が出た。 そう、心配はないのだ。



<午前0時20分> 新子安
 そういえば晩ご飯を食べていない。
 コンビニに寄るもパンとかおにぎりは無く、マッシュポテトフライと
 チョコレートを買って食べながら歩く。
 このあたりでも、「トレイご自由にご使用ください」という手書きの看板
 涙が出る優しさに何度も遭遇した。
 ここまで来たらゴールは見えてきた感じ。一気にいけそうだ。



<午前1時 横浜駅>
 もう、足が限界に近い。ふくらはぎやスネもいつ痙攣して動けなくなるか
 恐怖。 野球とバスケをやってる頃ならなんてことないのに・・・
 それももう15年以上前だ・・・ はは。
 妻から電話。心配して電話したのかと思ったら、
 「近所の事務所(妻バイト先)におじさん2人が凍えているから毛布を
 持ってきてくれとSOSがきた。どうしよう」と。
 私「かわいそうだから家に入れてあげなさい、もうすぐ着くのでピック
 アップしていくよ」
 もう、足腰(このときは腰がものすごう痛かった)がぼろぼろだったが、
 こんな寒い夜に毛布もなしに夜を明かすのはかわいそうだと最後の
 力を振り絞ってラストスパート!! 
 これもたくさんの優しさに触れたからでたバカ力であることに間違いない。
 

<午前1時半 自宅>
 近所の事務所のおじさんは1人がすでに熟睡したとのことで、結局
 帰宅後に毛布やカイロを届けた。帰宅した安堵感で少し元気が出た。
 何より、帰宅途中たくさんの優しい人たちに出会ったおかげで自分も
 困ってる人に何かしてあげなければという気持ちになっていた。
 こういう思いは連鎖するものである。 Pay Forward.

結局最短ルートで歩かなかったせいか、7時間半かかった。
翌日、立てないことは無かったが、そうとう足腰が痛かった。
ほんと情けない・・・ 
でも、帰宅したら家族と一緒にいることがとても幸せに感じた。
そして、不謹慎かもしれないが、どこか達成感すら感じた。
35kmくらい歩けるんだとわかったことも自分に勇気をくれた気がする。



TVで見る悲惨な状況に自分がこれから何をすべきか考える。
もちろん募金もするが、今すぐなにもできないのがもどかしい。
自分のできることをやるしかない。それはなんなのか?
しばらくはそんなことを考えながら生活することになるであろう。

被害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

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2011-03-11

3・11 大地震そのとき

2011年3月11日 東北太平洋沖大地震


お茶の水駅が見えるオフィスビルの7階が私の職場です。
丁度トイレから自分の席に戻る途中、職場がざわついていることに気づき、


「地震かな?・・・」 


そして自分の席についたあたりから急に揺れが大きくなってきた。
いつもなら、収まるだろうタイミングに終わらない揺れ。
それどころか、どんどん強くなる。


「机の下に隠れて!!」 という声に後押しされて机の下にもぐる。

(こういう時に人を動かすこの一言は一生忘れない)




揺れは続く。長くて強い。
映画2012年が頭をよぎり、地球滅亡かと思ったくらいの恐怖。
震源がどこなのかわからない。


「家族が無事でいますように・・・ 絶対に無事でいますように」


本当に怖かった。
こんなに強くて長い揺れを経験したのは初めて。
書類が机から落ち、ロッカーの扉が開き、壁掛けの掲示板が傾いた。




おさまった後、すぐPCでYahooニュースを見ると、
「震源 宮城県沖」 (三陸沖だったか・・・)
宮城県沖の地震なのに東京がこんなに揺れるなんて・・・


崩れた書類や倒れたものをかたづけて外を見たら、
工事現場のクレーンは動いているし建物の倒壊もないようだった。
人も普通に外を歩いていた。 もちろん駅の電車は止まっている。


妻に電話をしたが繋がらない。
自宅の電話にも繋がらず、「大丈夫?」とだけメールを妻と長女の携帯に送った。


そうこうしているうちに、もう一回大きな地震。
2回目も長かった。余震とは思えないくらい揺れ。
午後3時前後ではあったが、もう仕事どころではなくなった。


各自家族の安否を確認しながら、部門の安否確認、各地の地震の
影響をメールで調査。 時折襲う余震に怯えながらだった。


1~2時間たって妻からメールが届いた。
「自宅に次女といる。長女はまだ連絡とれず」
次女はまだ小1なのでほっとした。中1の長女が無事の連絡を待つ。
後で聞いたのだが、次女は小学校で校庭に非難して友人のお母さんに連れて
帰ってきてもらったとのこと。長女も学校の教室にいてグランドに非難した後
帰宅したそうだ。


こういうときに家族がばらばらなのは本当に辛い。


ネットでの情報収集にも努めた。
妻方の親戚はほとんどが仙台。
一軒は、津波で大きな被害を受けた名取市。
海に近く平坦なところで娘たちと田んぼでザリガニを捕って遊んだ思い出の場所
でもある。津波の情報を聞いた後は少し覚悟をしたくらい、
まさにその場所であった。


翌日、その親戚のおじさんは海外出張中で、おばさんと息子2人も無事に
避難をしていたと聞いて安堵。


ネットには東京でも震度5 神奈川は震度6という情報もあった。
そんな大きな地震は生まれて初めて。



職場では、皆どうやって家に帰るかを心配しだしていた。


<帰宅編へつづく>

3・11 大地震の日の朝

March 11, 2011

東北関東大震災の日
地震が起きたのは午後2時46分

この写真は午前6時過ぎ

なぜかこの日、ベランダから朝日の写真を撮って
いました。いつもと変わらない穏やかな金曜日

このときはこの後で起こることなんか誰も想像
していません。会社に行く直前の光景。

2011-03-06

見送りの涙

March 6th, 2011


今日も、娘2人と大河ドラマ「江」を見た。


今日のラストシーン
父柴田勝家が秀吉を迎え撃つべく賤ヶ岳に出陣する。
江姫は、初めて父と呼んだ勝家を見送る。
無事を祈り大きな声で涙ながらに叫ぶ江姫。


中一の娘が、「自分もパパが出張行くときはあんな感じだった」
私も「そうだね、パパもあんな風に馬に乗っていったよね」


・・・笑ってくれて助かった。


娘もそんなふうに自分を重ねて父と娘のドラマを見てるんだな
パパは出張多いけど、平穏にずーっと暮らせて幸せだ。


小さい頃、2年前に亡くなった祖母はよく見送りで泣いていた。
母親も自分も見送りは涙がでてしまう。
見送られるときも、見送るときも。。。


高校卒業して家を出た時、空港の展望デッキで私の乗った
飛行機にいつまでも手を振っていた母の姿が忘れられない。


家族はいつも皆一緒にいられるといいのに。




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新幹線「はやぶさ」デビュー 

今日、新型の新幹線「はやぶさ」がデビューした。


そんな日、自分は花粉で目がかゆくて鼻がじゅるじゅる。
そして、昨日飲んだプーアール茶が一週間前のものだったせいか、下痢。
やはり冷蔵庫に入れておいてもポットのままではだめみたいである。


はやぶさは、先日開業した新青森まで3時間半
夢のような早さである。


今日の朝日新聞の天声人語には、目的までの線を楽しむことが旅の醍醐味と。
確かにその通りであるかもしれない。
途中通り過ぎるところにもたくさんの面白い見るべきところがたくさんあるはず。


そんな旅を楽しみたい時は、車を使うといいのでしょうか。
九州も鹿児島までつながり、いよいよ我がふるさと北海道・札幌が取り残されました。
生きているうちに新幹線ができるのか?
できてもそんなにうれしいのか?


リニアもしかり。
実験線や上海で乗ったせいか、あまり魅力を感じません。
年取ったら、ゆっくりと旅を楽しみたいものです。

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2011-03-05

宅配のお寿司

March 5th, 2011

久しぶりに宅配でお寿司をとってしまいました
最初はピザのつもりが、悩んでいるうちに・・・

うちの家族はいつもばらばらで物事が決まりません
何がいいか聞くけどなんでもよかったり、リクエストしても
誰かが反対したり。笑

ピザでもとるか! がいつのまにかお寿司だから