2021-03-13

大阪・梅田「平和」でちゃんぽん ゆで卵が10円で食べ放題!

 13, March, 2021


梅田と中津の間くらいにあるラーメン屋さん
「平和」
2回目の訪問ですが、ちゃんぽんをいただきました

野菜がたっぷり入って
しゃきしゃき良い食感

そして目の前のゆで卵
10円で食べ放題
2ついただきました



ラーメン平和
ジャンル:ラーメン
アクセス:大阪市営御堂筋線中津(大阪市営)駅5番口 徒歩3分
住所:〒530-0012 大阪府大阪市北区芝田1-14-11(地図
周辺のお店のネット予約:
BISTRO&CAFE Le FIGARO 梅田店のコース一覧
ベルギービールと焼き鳥の店 なかいのコース一覧
おくどさん小柴のコース一覧
周辺のお店:ぐるなびぐるなび 梅田・大阪駅×ラーメン
情報掲載日:2021年3月13日

大阪・野田「ボンマルシェ食堂」魅力的な4種盛と黒いハムカツ

13, March, 2021

比較的近所にあるお気に入りのお店

「ボンマルシェ食堂」

まずはビール(瓶)

そして前菜4種盛り
これは10種類以上のメニューから
自分で選びます。

チーズの西京漬
玉ねぎのニンニク漬
ハタハタの南蛮漬
サゴシキヅケ


ハムカツです
ただのハムカツではありません
メニュー無かったので、やめてしまったのか
聞いたら、一つだったらできるというので
作っていただきました

前回、来た時は隣のお客さんが
食べていて、次に来たら食べようと
思っていた黒いハムカツ
美味しかった!!

お会計は1600円
安すぎる~


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ボンマルシェ食堂
ジャンル:洋食屋
アクセス:大阪市営千日前線玉川(大阪府)駅1番口 徒歩1分
住所:〒553-0006 大阪府大阪市福島区吉野2-3-9(地図
周辺のお店のネット予約:
MODO DI PONTE VECCHIOのコース一覧
KELLER KELLER KRANZ ‐ケラケラクランツ‐のコース一覧
個室居酒屋×肉バル いわさき 梅田店のコース一覧
周辺のお店:ぐるなびぐるなび (大阪)福島・野田・中之島×洋食屋
情報掲載日:2021年3月13日

大阪・江之子島で見つけた「ちくわぱん」

13, March, 2021

大阪・江之子島日記
コンビニで見つけてしまいました
札幌で数年前に見つけた
ちくわパン


てっきり札幌名物なのかと
思っていました


 

京都・大原「実光院」庭に咲く10月桜と紅葉が雨の雫で美しい

7, November, 2020

三千院を拝観する前に、「実光院」を訪れました。
大原にある実光院は、寂源上人が建立した天台宗魚山大原寺勝林院の子院です。その庭園は心字池を中心にした池泉観賞式の「契心園」と、散策することができる池泉廻遊式の「旧理覚院庭園」がとあります。

その庭園には、約120種の山野草が四季折々に花を咲かせます。特に十月中頃より咲き始め、翌年四月まで咲く不断桜(ふだんざくら)は必見です。十一月には紅葉と桜、冬になって雪が降れば、雪と桜が同時に楽しむことができます。

客殿の西側に広がる回遊式庭園(上写真)は旧理覚院の寺池で、実光院と統合後荒廃していたところ、以後の歴代住職が作庭整備して今日に至っています。庭園の中央に植えられた不断桜は、初秋から翌年春にかけて花を咲かせる珍しい品種です。錦秋の季節には、桜の花と紅葉が同時に楽しむことができます。

不断桜(ふだんざくら)です。背景に紅葉があり、雨のしずくに濡れる可憐な桜の写真が撮れました。

二方向が庭に面しています。とても贅沢な間客殿だなぁ~
天気の良いポカポカした日は一日中いても飽きないかも。

客殿の南側に広がる庭園(下写真)は、律川より水を引く心字の池を中心とした旧普賢院以来現存する池泉鑑賞式の「契心園」で江戸時代後期の作庭です。築山の松は鶴を、池の島は亀を表現しており、四季折々の表情を見せる自然の景色を、客殿から眺めることができます。

黄色の実ってめずらしくないですか? 
赤や紫はよく見るのですが・・・とっても綺麗な色


京都・祇園四条の「伊藤久右衛門」で抹茶・ほうじ茶スイーツを堪能 秋は和栗

6, November, 2020

スイーツ三昧!!

祇園四条の「伊藤久右衛門」でブランチをしました。スイーツにしようか、それとも抹茶カレーうどんなんて緑色のうどんも美味しそうだし、絶対インスタ映えするやつ。

迷った末にスイーツのセット
「ほうじ茶スイーツのセット」をいただきました。

季節は秋、秋といえば栗。
大福とロールケーキの中にそれぞれ栗がはいっていました。和栗美味しい!そしてほうじ茶アイスにチーズケーキ、チョコにあんみつパフェと、あれもこれも食べたい欲張りな私にはピッタリの魅力的なセットです。

お皿には青モミジの抹茶パウダー・・・見た目にも素敵です。

地域共通クーポンが使えたおかげでお会計は80円でした。

お菓子のおせちなんてあるんですね。
もうお正月の準備が始まっています。

京都・大原「勝林院」色づく銀杏 声明と大原問答

7, November, 2020

大原の北にある天台宗のお寺、勝林院

835年に開かれたと伝えられています。
日本音楽の源である天台声明(しょうみょう)発祥の寺でもあります。

本堂は1013年に寂源により、法儀声明念仏三昧の根本道場として建立されました。別名『問答寺』とも『証拠堂』とも阿弥陀堂とも呼ばれています。
寂源により建立された本堂は数多の火災、洪水により破損し、修復再建されてきました。江戸時代初期、徳川家光の代に春日局の願によりお江の方、崇源院の菩提のために再建されたという縁起が高欄の擬宝珠(ぎぼし)に刻まれていますが、1736年正月の火災により焼失してしまいます。
現在のお堂は1778年、徳川家治の頃に再建され、縁起が刻まれた擬宝珠もこの時のものです。屋根は椹板(さわらいた)で葺いた「柿葺き(こけらぶき)」、柱、梁など軸組、床板などすべてが欅造り(けやきづくり)となっています。

大原問答

1186年に法然が浄土念仏に関する法論をなして説法の証を示しました。本堂ではボタンを押すと声明(しょうみょう)が流れるようになっており、自由に聞くことができます。

大原問答とは法然上人がここで浄土の宗義について交わされた論議のことです。顕真法印が主催となり法然上人を中心として、天台証真、高野山明遍、笠置寺貞慶、東大寺重源などが集まり一昼夜にわたり法然上人に12の難問が投げかけられました。この時、数多くの聴衆も集ったと伝えられています。

問答では、
「どうすれば迷いの境地より脱して悟りの境地に入ることができるか。」
の問いに対して法然上人は
「成仏はむつかしいけれど、往生は易しい。仏の願力を強縁としてにより有知無知を論ぜず、持戒破戒を選ばず、迷いのままに往生できる。」
と答えられました。

また
「念仏を称えて往生をとぐべきことは理解できてもこの心が静まらないのは如何すれば。」の問いに対して
「煩悩は起これども本願力で往生を得る。人間ありのままのすがたで救わるる道が称名念仏である。」と答えられました。

法然上人は凡夫往生の道、つまり機根比べは学問上の問題ではなく、
「現に今、自身はどうなのか、そしてどうするのか。この事実の前にはいかなる理論も通じず、一歩を譲らなければならない。」
と説かれた。

法然上人が念仏によって極楽へ往生できることをはっきりと示したその時、本尊の阿弥陀仏がまばゆい光を放って、その主張が正しいことを証明されたのでした。どんな人でも極楽浄土へ生まれ変われると知った聴衆たちは大変喜び、三日三晩、断えることなく念仏を唱え続けたと伝えられています。

本堂からみた紅葉がとても綺麗でした。




京都・大原「宝泉院」は血天井と庭の見事な松の木や水琴など見どころがいっぱい

 7, November, 2020

大原寺勝林院の僧坊の一つとして創建されます。『声明目録』を著すなど声明の大家として知られる宗快法印によって嘉禎年間(1235年頃)に創建され、当初は了性坊と呼ばれていた。

お庭を見ながら抹茶をいただきました。ここに座ってゆっくりお茶できるなんてとっても贅沢な気分です。

樹齢約700年の「五葉の松」は、庭園の南側に生息しています。樹高は11m、枝張りは南北11.5m、東西14mで、樹冠は、ほぼ扇形であります。根回りは425cmで、地表部と、高さ1m程の部分で幹が分かれます。3本の幹のうち、中央が最も大きく、樹冠の大部分を占めます。樹勢も旺盛であり、ゴヨウマツの大木として貴重なものであることから「宝泉院のゴヨウマツ」は平成3年(1991年)4月、京都市の天然記念物に登録されました。

水琴があり、耳を近づけるととてもよい音が聞こえました。
この音はとっても癒されます。

1600年の関ヶ原合戦前、徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が豊臣の大軍と戦い伏見城 中で自刃しました。その武将達の霊をなぐさめ、自刃した床板を天井にして祀り、供養としています。自刃して数日そのままだったといいます。その跡らしき模様がいくつも確認できる天井です。

鳥井元忠は(1539~1600年)天文二十年(1551年)十三才で徳川家の近侍となってから常にその戦陣に従っていました。姉川の合戦、三方原合戦、武田勝頼の浜松城攻めそれぞれ戦があり、小田原陣でも功あり家康の関東入国で下総国矢作四万石の城主となりました。家康が上杉征伐の向うに当り元忠を止めて伏見城を守らんことを言い渡し、再会すべからずと水盃を交して訣別しました。元忠は1800余人の寡兵をもって伏見城を守り宇喜多、島津以下の西軍9万余を相手に防戦よく努めたが、包囲二旬をへて8月1日落城し、自害自刃した。時に鳥井元忠62才といわれます

宝泉院 拝観料
大人   800円
中・高  700円
小    600円
(団体30名以上は、1割引)




京都・大原「三千院」の紅葉が見頃 雨の苔絨毯に色づく葉のグラデーション

7, November, 2020

京都の紅葉の見頃は11月末からだと思っていたら、大原はもう見頃に突入していました。夏に行った大原とは違った世界でした。

雨で残念なんてことはありません。雨の三千院も風情があって綺麗でした。
雨に濡れた苔のじゅうたんが艶やかに光ります。

写真に写っているお堂は「往生極楽院」
三千院の歴史の源ともいえる御堂で、平安時代に『往生要集』の著者で天台浄土教の恵心僧都源信が父母の菩提のために建立したと伝えられます。
往生極楽院に祀られている「阿弥陀三尊像」はお堂に比べて大きく、堂内に納める工夫として、天井を舟底型に折り上げています。
堂内中央の阿弥陀如来は来迎印を結び、向かって右側の観世音菩薩は往生者を蓮台に乗せる姿で、左側の勢至菩薩は合掌し、両菩薩共に少し前かがみに跪く「大和坐り」で慈悲に満ちたお姿です。
なお、建物は重要文化財、阿弥陀三尊像は国宝に指定されています。

苔じゅうたんの中にあるのが「わらべ地蔵」
往生極楽院南側、弁天池脇にたたずむ小さなお地蔵さまたち。ポスターになっている有名なお地蔵様です。
有清園の苔と一体となってきれいに苔むしており、もう何年も前からずっとたたずんでくださっているようです。


京都・大原「寂光院」の紅葉 平家物語の建礼門院徳子(平清盛の娘・高倉天皇の中宮)ゆかりの寺

8, November, 2020

寂光院は天台宗の尼寺で、山号を玉泉寺といい、推古2(594)年に聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うために建立されたと伝えられます。かなり古く由緒あるお寺です。

当初の本尊は、聖徳太子御作と伝えられる六万体地蔵尊であったが現存しません。鎌倉時代に制作された旧本尊(重要文化財)は、平成12(2000)年5月9日未明に発生した火災により焼損したため、文化庁の指導を受けて財団法人美術院によって修復されて、境内奥の収蔵庫に安置されることとなり、現在は美術院によって模刻された地蔵菩薩像が本堂に安置されている。

この小さな本堂でお話を聞くことができます。本堂には、国宝修理所の故小野寺久幸仏師によって、形・大きさともに元通りに復元された新たな地蔵菩薩立像が安置され、落慶式と同時に、魂入れの儀式として入仏式が厳修されました。鎌倉時代の制作当時そのままの美しい彩色です。

大原女のモデル・阿波内侍

代々高貴な家門の姫君らが住持となり法燈を守り続けてきたと伝えられる寂光院ですが、史料がなく詳細が分からないため、阿波内侍(あわのないし、藤原信西の息女)を第2代と位置づけています。崇徳天皇の寵愛をうけた女官であったが、出家のあと永万元年(1165)に入寺し、証道比丘尼と称した。出家以前は宮中にあった建礼門院に仕え、この草生の里では柴売りで有名な「大原女」のモデルとされている。

寂しげなお地蔵様

建礼門院徳子

第3代の建礼門院(平清盛息女、高倉天皇中宮、安徳天皇母)は、文治元年(1185)年9月に入寺し真如覚比丘尼と称した。源平の合戦に敗れた後、寂光院に侍女たちとともに閑居し壇ノ浦で滅亡した平家一門と、我が子安徳天皇の菩提を弔いながら、終生を過ごしました。

 

庭のもみじが色づきとても綺麗でした。
特に晴れた朝の紅葉は光に照らされ、青空に赤や黄色がとても映えます。



東京六大学野球 早稲田大学10季ぶりの優勝で受け継がれる伝統

8, November, 2020

コロナ禍で行われた東京六大学野球秋のリーグ戦。11月7日(土)8日(日)早慶戦が行われました。伝統の早慶戦は必ずリーグ戦の最終節で行われます。今年はコロナ禍での変則的な内容でしたが、東京六大学野球は実施されました。


慶應義塾大学が1勝すれば優勝
早稲田大学は1勝1敗か1勝1分で優勝という両校に優勝のチャンスがある早慶戦でしたが、早稲田大学が劇的な優勝で幕切れとなりました。

  • 「コロナ禍」の六大学野球
  • 優勝をかけた早慶戦
  • ドラフト一位エース対決
  • 蛭間選手の2試合連続決勝弾
  • 小宮山監督の想い

「コロナ禍」の東京六大学野球

通常の東京六大学野球は総当たり戦で土曜日が第1試合、2勝した時点で勝点1がもらえる勝点制です。土日で連勝したら勝点1を獲得して一節が終了します。土日で1勝1敗の場合は月曜日に3試合目を行い、3試合目が引き分けの場合は火曜日に4試合目とどちらかが2勝するまで実施されます。

今年は1週(1節)に2試合固定で行われ、1勝で1ポイント、引き分けで0.5ポイントの勝点制という通常と異なる変則的な方法で実施されました。
プロ野球と同様に観客も上限5000人からはじまり、10月17日以降は10000人、早慶戦は12000人を上限に行われました。

そして今年は神宮大会(全国大会のような大学日本一を決める大会)は中止のため4年生は最後の大会となりました。

2020秋季リーグ戦結果(東京六大学野球連盟公式サイト)


優勝をかけた早慶戦

今年の早慶戦は久しぶりに結果次第でどちらにも優勝の可能性のある早慶戦でした。早慶戦に至るまでの成績は以下の通りです。

慶應義塾大学
東大と立教に2勝、明治と法政には1勝1分けの6勝2分
勝点が 7.0

早稲田大学
東大に2勝、他の大学には全て1勝1分の5勝3分で
勝点が 6.5

わずか0.5ポイント差なので、1勝すれば1ポイント入るため、早慶戦の結果次第で優勝が決まる一節となりました。

ドラフト1位 エース対決

もう一つ話題がありました。直前に行われたプロ野球のドラフト会議で両校のエースが1位指名を受けました。

早稲田大学  早川投手 東北楽天ゴールデンイーグルス1位指名
慶応義塾大学 木澤投手 東京ヤクルトスワローズ1位指名

早川投手は木更津総合高校3年生の時すでにドラフト候補で注目される投手でしたが、早稲田大学に進学して3年生までは目立った活躍はありませんでした。しかし4年生になり球威が増し、安定した投球で早稲田無敗の原動力となりました。

木澤くんは慶應義塾高校出身で早川投手と同様3年生までは驚くべき成績は残していません。ただMax155キロの速球にスライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップと多彩に変化球も投げられます。4年生の秋のリーグ戦で5勝負けなしで早慶戦に臨んでいます。

蛭間選手の2試合連続の決勝ホームラン

早慶戦でヒーローが現れました。
2年生で8番打者の蛭間君(浦和学院)

2年生で早稲田のレギュラーに選出されるだけでもすごいのですが、早慶戦という大舞台で大活躍しました。

<1試合目>
エース同士の対決で7回表に慶應が1-1に追いつきます。
追いつかれたその裏に蛭間選手が木澤投手から2ランホームランを打ち、これが決勝点となり、8回、9回を早川投手が抑えて早稲田が先勝しました。
この時点で、早稲田の勝点が7.5 慶應が7.0 と早稲田がリードして、優勝の行方は最終戦に持ち越しとなります。

<2試合目>
4回まで慶應が2-1とリードして両校継投で最終回まで一点差の接戦。
9回表慶應は投手をエース木澤くんに交代してツーアウト、あと一人、アウト一つで優勝というところまで早稲田を追い詰めます。
ここで熊田くんがヒットで出塁し、昨日木澤投手からホームランを打っている蛭間選手の打順。慶應の堀井監督はここでピッチャーを生井くんに交代します。そしてその初球をなんとなんとバックスクリーンまで運ぶ大逆転ホームラン。起死回生の一打で3-2と逆転しその裏を早川投手が抑えて早稲田大学は優勝となりました。

打席に入る前、小宮山監督に「狙い球は外角のストレート」だと確認し合ったのに、真ん中に入るスライダー(しかも初球)に合わせてホームランにしてしまいました。そんな打撃センスを見せつける豪快な一打でした。

彼に指導をしたバッティングコーチの徳武さん(82歳)もスタンドで涙したそうです。石井連蔵さんに熱血指導を受けた徳武さんが受け継いだ早稲田の伝統がまた引き継がれた瞬間でもありました。昔のような指導ができない中で、どうやって若い選手のポテンシャルを引き出すのかは今時の指導者の共通の課題だと思います。そんな課題をひとつクリアしてくれた一瞬でもあります。蛭間君の今後の活躍が楽しみです。

小宮山監督の想い

早稲田大学卒業後、千葉ロッテ、メジャーリーグ、横浜で活躍した小宮山監督が優勝監督インタビューで「長い野球人生で一番感動しました」と語った試合でした。

今秋は1960年秋の「早慶6連戦」から60年。「伝説の名勝負」として語り継がれる早慶戦で当時両校を率いた慶大・前田祐吉氏と早大・石井連藏氏が野球殿堂入りしました。教え子でもある小宮山監督はインタビュアーからそのことに触れられるとしばらく涙で言葉が出ませんでした。厳しい指導で有名だった石井さん。その墓前に良い報告ができると男泣き。私ももらい泣き。

また、小宮山監督はこうも言っています。
たまたま早稲田が最後優勝を勝ち取った形になりましたが、新型コロナに感染させない対策を徹底し、最後まで大会を続けることができたことは、全ての大学、関係者全員の勝利であると。

これからも野球が続けられるようにみんなで頑張っていきたいという想いがあふれていました。