12, May, 2019
仁徳天皇陵の北側にある3つの
古墳を紹介します。
<永山古墳>
仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の
北西約50mにある前方部を南に向けた
前方後円墳で、
墳丘の規模は全長約100m、
後円部径約63m、高さ10.3m、
前方部幅約68.5m、高さ10.3mで
西部のくびれ部には造出しが認められます。
墳丘は2段によって築かれていて、
葺石と埴輪があり周囲には盾型の
周濠がめぐっています。
調査されていないので主体部の構造は不明で、
副葬品の内容や性格もわかりません。
墳丘は宮内庁に仁徳天皇陵の陪塚として
管理されています。現在、周濠の南側に接して
大阪中央環状線が通り周濠の一部をまたいでいます。
<茶山古墳>
仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の後円部外側の
第2堤上から、三重濠に張り出すようにある
2基の古墳のなかの西側にある、
径56m、高さ9.3mの円墳です。
茶山の呼称は、「堺鑑」に豊臣秀吉が
仁徳天皇陵古墳で狩りをした時に、
陵の上で仮の居宅を構えたあとを、
茶屋山と呼んだという記事があることに由来します。
<大安寺山古墳>
仁徳天皇陵古墳の後円部外側の第2堤上から
三重濠に張り出す径62m、高さ9.7mの円墳。
古墳名は古くは大安寺の所有地だったことに由来し、
別名「寺山」と呼ばれていたようです。
形状は確認しにくいですが、日本でも大きな円墳