2022-02-13

【ことば】「一隅を照らす」・・中村哲医師が好きだった最澄の言葉

 13, February, 2022 

(再編集)

「一隅を照らす」について書きます。
これは平安時代に天台宗を開いた最澄の

「一隅を照らす者、これ、国の宝なり」

という言葉。
“一隅”とは、誰もが気づいていないほんの片隅のこと。または、本当は直視しないといけないのに目をそむけているものという意味もある。

そんな一隅を照らす人、何とかしようと行動する人こそ国の宝であり、人間として最も尊敬されるべきだと最澄は言っている。

この言葉を私が知るきっかけは2つ
(1)比叡山・延暦寺
(2)中村哲医師

比叡山・延暦寺

2020年8月に初めて比叡山を訪れた時、国宝の根本中堂に向かう途中にこの石碑があった。「一隅を照らそう」

どこかで聞いたことがあるなと思いその意味を延暦寺で教った。
最澄が書いた「山家学生式」に中に次の一説がある。

国の宝とは何者ぞ、宝とは道心(どうしん)なり
道心ある人を名けて国宝となす
故に古人の曰く、径寸(けいすん)十枚これ国宝にあらず
一隅を照らす、是すなわち国宝なりと

国の宝は仏を信じる心であって、金銀財宝ではない。
皆が気付かないような社会の片隅を照らす人こそ国の宝なのです

注目されずとも、自分が置かれた場所でベストを尽くすことが大切なのだと説く。自分も心構え次第で何か社会に役立つことができそうな気がする。


中村哲医師

2019年12月4日、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師(享年73)。アフガニスタンとパキスタンで市民とともに人道・復興支援に尽くした中村さんが、好んで使ったのが「一隅を照らす」という言葉だった。中村哲医師とはどのような方だったのか・・・

1973年 九州大学医学部卒業後、佐賀県、福岡県の病院に勤める。
1984年 パキスタン北西部ペシャワルの病院に赴任。
    ハンセン病患者の診療に当たる。
    非政府組織「ペシャワール会」も発足。
1991年 アフガニスタン山間部の無医地区の苦境を知り、国境の峠を越えて診療所を開設。パキスタンと合わせて11カ所で診療所を運営。
2000年 アフガニスタンで大干ばつが発生。
    農地の砂漠化が進み飢えと渇きの犠牲者が多く
    「もはや病の治療どころではない」。
    井戸掘りを始める。2006年までに井戸は1600カ所となった。
2003年 地下水の枯渇に直面。
    地下水に頼るかんがいの限界を知り、用水路の建設を始めた。
2010年 「マルワリード」と名付けられた用水路が完成。
    砂漠だった場所が緑に生まれ変わった。
    住民の求めに応じて各地で取水口などの整備を続ける
2019年 アフガニスタン政府から名誉市民権を授与される。
    用水路で潤った土地は約16500ヘクタール

「誰もがそこへ行かぬから、我々がゆく。
誰もしないから、我々がする」

まさに「一隅を照らす」ことを身をもって強力に実践して示した医師が中村哲さん。私も小さいことでもいいから、今いる場所・立場でできることを考え行動して生きていきたい。

ことだま・ことばのちから